2018年6月29日金曜日

産寧坂(2018.6)

産寧坂(さんねいざか)、清水寺に行く道にある階段。

我々の若いころは普通に三年坂(さんねんざか)という

名前で言っていた。

二年坂に続く道が三年坂であった。

三年坂で転ぶと三年以内に死ぬと言われていて、

付近では縁起が悪いということで

産寧坂と地名が変更になった。

この三年坂を含めた東山一帯は

清水寺を含めて鳥辺野(とりべの)と呼ばれる場所で、

昔は死体がゴロゴロ山のように積まれていて

火葬場や墓があった。

その鳥辺野に通じる道であることから、

産寧坂をもじって三年坂として

三年以内で死ぬと言われていた。

平安時代の頃は庶民は墓に埋葬されることがなく、

死んだら野ざらしにされて、

鳥や野犬に食わせて死体を処理していた。

**野という地名が付いた場所は、

風葬、鳥葬だった場所が多く、

京都では他に化野、蓮台野がある。

化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)で供養した。

蓮台野に遺体を運ぶのに使った道を千本通りと言う。

遺体を運ぶ際に通る千本通りには、

当時、卒塔婆(そとば)が千本(無数)立てられていたので

千本通りと呼ばれた。

今でも千本通というのはこういうこと。

鳥辺野、化野、蓮台野が三大風葬地で

各々巨大な墓がある。

現在は観光地として有名だが

実は庶民の死体を鳥や野犬に食わせていた場所。

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