2010年3月29日月曜日

思い違い(2010.2)

日本は長い間、

民主主義といいながら政治家の思い通りに動いてきました。

良しにつけ悪しきにつけそうでした。

日本人はもともと自己表現が下手な民族、

政治家の偉い先生が言われるから、はは~でした。

年月は流れマスコミがボツボツと政治批判を強め

国民は自宅に居ながらテレビで巨悪の追求を眺める、

劇場のドラマを見るように、できるようになりました。

悪の追求は視聴率が上がります、

マスコミが警察の替わりをし次々に追求する、

国民はそうだそうだ。

この歴史を繰り返しマスコミは細部の悪をいぶり出す

正義の味方になり

ひとりの人間の生活権を奪うほどの力を持つようになりました。

あちらもこちらも他人の言動の一字一句を精査し

間違いを正す細かいところにチェックが入り、

世の中からおおらかさがなくなりました。

あれ~なんか違うぞ、日本の国が口うるさい舅、姑の居る

家庭の中で住んでいるお嫁さんの立場に見られるような

住み辛い居づらい国になってしまいました。

この国の閉塞感はここにもあるようです。

国民としてはこの閉塞感から逃れる方法は2つだけあります。

国を家庭と比較するとよく分かりますが

1つはマスコミが死ぬのを待つ、これもいい方法です。

マスコミが生きる手段は紙ベースで物を売るかコマーシャル代。

インターネットの普及でコマーシャル代が激減し

マスコミもかなり苦しい。今後ますます苦しくなります。

2つ目は別居する、つまり離れると言うことです。

テレビをつけても批判番組ばかり、

つまらん、、、、、

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