2017年9月27日水曜日

希望(2017.9)

現代の日本にはなんでもある。

でもないのは希望だけだ。

確かにそうかもしれん。

人間はぜいたくに出来ている。

欲しいものが手に入ったとしても満足はしない、

もっといいものはないかと求める、

物に関してはそうだろう。

際限なく求め続けてしまいいつまでも満足しない。

では希望とは何だろう。

希望、希(まれ)な望み。

私の若いころはちょうどバブル期。

このころは希望があった。

若かったからということもあっただろう、

働けば分不相応なお金が手に入り何でも買って楽しかった。

でもこれは今でも同じだろう。

では何が昔と今は違うか。

いまはすべての人間がうるさくややこしくなった

ということだろう。

なんにでも説明を求められる、

許可がないと仕事ができない、このことが大きく違う。

欧米の義務は果たさないが権利は主張する風潮が入ってきて

ややこしくなった。

お金は手に入り、何でも買えるが

何かをするとチェックが入り咎(とが)められる。

自由がない。

これが希望がないと感じる主原因だろう。

だとすると今後、日本には希望は無いということになる。

チェックが入らない、咎(とが)められない状態は

どんなときか。

人口が減りなんでも好き勝手にできるとき。

100年後からという結論に至りました。

希望の党では希望は手に入らん、100年後だもん。

自由、寛容これがないと希望はない。

みんなが悪いんや。

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